孤高のピアニスト、キーシン

 5年に一度のショパンコンクールが予備予選も含めると約4か月にわたって開かれ、10月に終了した。今回はネット配信でその一部始終が家にいながら見られるという信じられない好機に恵まれた。もちろんポーランドからのライブ配信は日本時間の深夜にもかかるため、ライブで聴けるのは、日中の空いている時間と重なった時に限られたものの、10月の本大会のライブ配信にはできる限りアクセスして聴くようにした。
 一体何回、同じショパンのワルツ、マズルカ、スケルツォ、バラード、ソナタ等を耳にしたことか。最後にはもう誰がどうだったかなんてわからなくなるほどに。

 そこへきての11/2 エフゲニー・キーシンの所沢ミューズ。なぜこんな世界的一流の演奏家が今回ミューズにまで来てくれたのか。コロナにより舞台数が減っているからか、謎だった。この人を聴くにはサントリーホールあたりまで行かないと聴けなかったので、これまでも何度となく公演がある度にサントリーホール等に聴きに行ったものだ。ということで今回は絶好のチャンス。しかもプログラムにはあのショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」。彼ならこの名曲をどう料理するのか。期待は高まるばかり。
 しかし、彼はその期待を裏切らなかった。裏切らなかったどころか、あのショパンコンクールの何十人という精鋭のコンテスタントの誰からも聞いたことのない音楽を聞かせてくれた。もちろんインターネットのライブ配信と生演奏の違いはあるにしても、それでもこの違いは何だろうかと思った。
 彼の中には明らかに何人もの奏者がいて、それを束ねる指揮者がいる。最初舞台には幕が降りており、音楽がその幕の向こうで始まる。イントロダクションが流れ、そのあとぱっと幕が開く。指揮者と奏者の姿が一望できると、指揮者は各奏者に指示を出し、巧みに操る。そこへ今度はソリストが朗々と旋律を歌い上げる。そんな流れが彼のピアノからは映像となって見え、音となって聴こえてくるのだ。
 これは何だろう、何が違うのだろうと考えてたどり着いたのが耳。他の追随を許さない鋭すぎる耳にあるのではと。キーシンは生後11か月の時に姉の弾くバッハのインベンションのメロディを口ずさんだとか。そんな逸話からも彼が類まれなる「耳」を持っていることがうかがえる。

 幼少の生徒さんに向き合うことの多い昨今、少しでもお預かりしたお子さんたちを良い耳に育てたいと思い腐心する日々のレッスン。身の引き締まる思いである。